親が引っ越すと、法務局に預けた自筆の遺言についても、住所の届出を出すことになります。その届出書には、親自身の住所のほかに、親が亡くなったあと知らせを受け取る人の住所を書く行があります。
法務局に預けた遺言には、親が希望していれば、亡くなったあと親が指定した人(3人まで。子とは限りません)に「遺言書が保管されています」と知らせる仕組みがあります。指定者通知です。宛先は、親が申請書に書いた受取人の住所です。親の死亡のほうは、法務局が戸籍担当部局と情報をやりとりして確かめますが、そのとき法務局が渡す情報に住所は入っていません。親が自分の住所を届け出ても、宛先の住所は書き換わらないということです。法務省は、受取人や遺言執行者、遺言で財産を受け取る人(受遺者)の住所が正確でないと、遺言に関する通知が「届かないおそれ」があると注意しています。

たとえば、こんな家です(日付と市名は例です)。母は2021年、A市の法務局に自筆の遺言を預けました。遺言では長女を遺言執行者にし、申請書では指定者通知の受取人も長女にして、長女の当時の住所B市を書きました。長女は2024年にC市へ引っ越しています。そして母は2026年、長女の家に近いD市へ移り、法務局に住所の届出を出そうとしています。
この届出で直るのは、法務局が預かっている遺言の記録の住所だけです。家の登記簿の住所は別の手続きで、届出が登記簿に反映される仕組みは、法令にも法務省の案内にも見当たりません。直し方は住所変更登記の記事に書きました。公正証書遺言はこの仕組みの外にあり、公正証書遺言と相続登記の記事で扱っています。
知らせの道筋に、二つの引っ越しを載せる
母の転居と長女の転居は、知らせの道筋のなかで置き場所が違います。道筋を、死亡を確かめる線と、知らせが届く先の線に分けると、それが見えます。

母が自分の住所の行だけを書いて届出を出すと、知らせの宛先にはB市が残ります。法務省のいう「届かないおそれ」は、この状態のことです。届出の名前は「住所等の変更の届出」、様式の名前は変更届出書で、名前だけを見れば、書くのは届け出る本人の住所だと読めます。
母の行を書くこと自体は、要る手続きです。遺言者は住所が変わったら「速やかに」届け出なければならないと政令で定められていて、罰則の定めはありません。ただ、届け出ないままだと困る場面を、法務省が一つ挙げています。母があとで遺言の保管をやめて手元に戻そうとしたとき(撤回)、住所が変わったことを証する書面が要り、それが無いと遺言書を特定できず手続きができない場合がある、というものです。母の届出は出す。そのうえで、同じ届出書に長女の行が要ります。
長女の行を書くのも母です。法務省の案内は、受取人や執行者の住所が変わったときも、遺言者が届け出る形で書いていて、長女の側から出す手続きは案内に書かれていません。亡くなったあとについて法務省は、遺言者からの届出がない限り、遺言書保管所(遺言を預かっている法務局)で住所は変更できないと答えています。これは遺言者本人の住所についての回答ですが、届出を遺言者がする形で案内している以上、長女の行についても、母が亡くなったあとに直す道は案内からは見当たらない、と読めます。直すなら、母が届出を出せるうちです。
母が入院などで自分では出せない場合に、誰が代わりに出せるかも、案内からははっきりしません。法務省の案内には、メールでの届出から除く例として「法定代理人が行う変更の届出」が挙がっていますが、どんな場合に誰が代わりに出せるかの説明はなく、家族が頼まれて出せるかも読み取れません。その場合は、遺言を預けた保管所に確かめることになります。
母が書く行は、長女の役の数だけ
この家でやることは、順に三つです。
- 長女が母に、二つのことを確かめる。申請のときに指定者通知を希望したか。希望したなら、受取人に誰を、どの住所で書いたか。遺言で執行者や受遺者を決めているなら、その人の住所も遺言の記録に載っています。受取人・執行者・受遺者は、記録に住所が載る三つの役です。どれにも誰も当たらなければ、書くのは母の行だけです。
- 申請のあとに役の誰かが引っ越していれば、母が変更届出書(様式は法務省のサイトにあります)の変更内容欄に、役ごとに1行ずつ書く。欄の「対象」は番号で選ぶ形で、1が遺言者、2が受遺者等、3が遺言執行者等、4がその他で、指定者通知の受取人は4です。住所は住民票のとおりに書きます。東京法務局は2022年10月の案内で、執行者の住所の変更は書いたのに、同じ人の受取人としての行を書き漏らす例を挙げています。この案内は受取人を当時の呼び名で「死亡時の通知の対象者」と書いていますが、対象の番号の振り方はいまの様式と同じです。
- 母自身の転居は、同じ届出書の対象1(遺言者)の行に書き、住民票の写しなど変更を証する書面を添える。法務省がこの書面を求めると明記しているのは、母本人の事項の変更です。本籍や筆頭者が変わったときも、届出の対象です。

届出は全国どこの遺言書保管所でもでき、郵送でも出せます。法務局に払う手数料はかかりません。窓口に行くなら予約制です。
この先も、長女が引っ越せば、それを母に伝えて届出を出してもらうことになります。母が遺言で執行者に指名し、受取人に名前を書いていれば、長女の住所が載る行は二つ。財産を受け取る人にも書かれていれば三つです。長女が引っ越す日には、その行がそろって古くなります。
2026年10月23日時点。法務省の自筆証書遺言書保管制度の案内(遺言者の手続、通知、よくあるご質問、手数料)、変更届出書の様式と記載例・注意事項、指定者通知の欄の様式、法務局における遺言書の保管等に関する政令、東京法務局「保管申請の撤回や変更届出について」(2022年10月27日更新)、法務省の住所変更登記の義務化の案内(以上、2026年10月23日確認)によります。

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