法務局に自筆の遺言を預けた人が遠くへ移っても、遺言は元の保管所(預けた法務局)に残ります。生きているあいだにそれで困るのは、本人が元の保管所まで出向かないとできない手続きに限られます。保管をやめて遺言を返してもらう撤回がその一つで、法務省は引っ越したあとの撤回について「それ以外の遺言書保管所で手続はできません」と答えています。
親が亡くなったあと相続人などが遺言書情報証明書を請求するのは、全国どこの保管所からでもよく、郵送でもかまわないので、元の保管所が遠くてもこの請求には響きません(証明書の請求の記事)。

遠くへ移る前に親子で確かめるものは、距離より、移ったあとこの遺言を書き直す予定があるか、あるならいつかです。その答えで、住所の届出だけを出して移る道と、転居の前に撤回して遺言を返してもらい、移り先の保管所に預け直す道のどちらが合うかが変わります。公正証書遺言や、自宅に置いている遺言の話ではありません。
たとえば、こんな母です(例です)。いま住む町の保管所に、自筆の遺言を1通預けています。長女の住む町へ移ることになり、新幹線で数時間かかります。母は、移るのを機に遺言を書き直す予定です。
書き直す予定の母にとっての二つの道
届出だけで移り、あとで書き直すとします。新しい遺言を預けるには、古い遺言を元の保管所で撤回してから移り先に預けるか、2通目として元の保管所に預けるかで、どちらにしても母が元の保管所まで出向きます。法務省の案内は撤回を「遺言者ご本人が」来庁して行うものと書いていて、代理や郵送の道は示していません。
転居前に撤回する道なら、その往復はありません。撤回は近所の元の保管所で済み、手数料もかかりません。移ってから、書き直した遺言を移り先の保管所に預けます。
新しい遺言を預ける手数料の3,900円はどちらの道でもかかるので、手数料で比べたときの差は、元の保管所までの往復が1回あるかどうかです。
東京法務局は2022年10月の案内で、転居前に撤回する方法を、遠方へ移る予定があり、かつ書き直して預け直す可能性がある人に向けて「方法もある」と紹介しています。

引っ越しの前に、親子で答えておく問い
書き直す予定が無ければ、預け直すと出向く回数がかえって増えます。届出だけなら出向く先はありませんが、預け直すと元の保管所と移り先の保管所に本人が1回ずつ出向き、新たに3,900円かかります。最初に預けたときの3,900円について、法務省のパンフレットは「返還されません」と書いています。移ったあとで住所の届出を郵送する道になり、届出書に何を書くかは住所の届出の記事に書きました。
母のように転居の前後に書き直すなら、先に見た、転居の前に元の保管所で撤回する道があります。予約は本人が取り、取れるのは30日先の日までで、当日の予約はできません。撤回すると遺言は手元に戻り、転居前の撤回なので住所の届出は要りません。移ったあとに預ける先は、移り先の住所を受け持つ保管所で、こちらも本人が予約します。

転居前に撤回する道には、手数料と往復のほかに、もう一つ気をつけることがあります。保管所は撤回された遺言を返し、預かっていた記録を消すので、預け直すまで、母の遺言は家に置く自筆の遺言と同じになります。保管所に預けた遺言は、亡くなったあと家庭裁判所に出して確かめてもらう手続き(検認)が要りませんが、条文からは、この間は検認が要る遺言の扱いになると読めます。移り先の保管所に預けた時点で、この空白は終わります。
書き直す時期が決まっていない人の二つの道
いつか書き直すかもしれないが、時期は決まっていない。東京法務局の案内が宛てる「可能性がある方」には、こういう人も入ります。ただ、この人が転居前に撤回して同じ遺言を移り先に預け直すと、書き直す予定の無い人と同じく3,900円が余分にかかり、撤回から預け直すまでの空白もできます。書き直す日には近くの保管所で済みますが、そのときも新しい遺言の3,900円は払います。届出だけで移れば、余分な3,900円はかからず、書き直す日までは空白もできない代わりに、書き直す日に本人が元の保管所まで出向きます。
その往復は、先に書いたとおり書き直す日の本人が自分で行くもので、出向けないときの代わりは今の制度には見当たりません。時期が決まっていない人がどちらの道にするかの目安は、書き直す日の本人が元の保管所まで往復できそうかどうかです。往復できそうなら、届出だけで移る道で足ります。できそうにないなら、転居前に撤回する道を選んでおくと、書き直す日は移り先の近くの保管所で済みます。2026年6月に公布された改正法は、撤回の本人確認を、本人の申出があり保管所が相当と認めるときはビデオ通話でもできる形に改めましたが、施行日はまだ決まっておらず、書き直す日までに使えるかは分かりません。
届出だけで移る道は、移ったあとでも選べます。転居前に撤回する道は、今の制度では、元の保管所が同じ町にあるうちにしか選べません。
2026年10月26日時点。法務省の自筆証書遺言書保管制度の案内(遺言者の手続、相続人等の手続、予約、手数料、よくあるご質問)、法務省民事局の制度パンフレット、東京法務局「保管申請の撤回や変更届出について」(2022年10月27日更新)、法務局における遺言書の保管等に関する法律・政令・手数料令、民法、民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)(以上、2026年10月26日確認)によります。

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