実家を同じ場所で建て替えて、親と同居する。新しい家には手すりを付ける。この工事は介護保険の住宅改修として対象になります。ただし、使える枠は20万円ではありません。
建て替える前の家で20万円の枠を10万円ぶん使っていたなら、新しい家で使える残りは10万円までです。熊本市は公式のQ&Aで、この場面をそう数えています。20万円は保険の対象になる工事費の上限で、受け取る額ではありません。
家を建てる工事そのものは住宅改修ではないので、工事の種類として、はじめから対象外です。それとは別のことが起きています。種類としては対象になる手すりの工事が、もう存在しない家で使った分を引き継いでいます。
古い家は取り壊されています。それでも、その家の使用済みの記録だけが、新しい家に付いてきています。
条文は家について書いていますが、枠は住所ごとに立っています
介護保険の住宅改修は、その人がいま現に住んでいる家について行われる給付です。上限の管理も、その家の分だけで行われます。要支援の人についても、同じ構造の条文が別に置かれています。
国の条文は、そこまでしか書いていません。「上限額の設定と管理は住民登録地ごとに行う」という言い方へ直したのは市の資料で、相模原市がQ&Aで正面からそう書いています。神戸市と北九州市は、数え方そのものをページに掲げています。

そう読むと、20万円は建物に付いているのではありません。付いているのは、その人の住民票に載っている住所ひとつひとつです。
冒頭の建て替えは、これで解けます。同じ場所で建て替えるかぎり、住民票の住所はたいてい動きません。だから枠も動きません。相模原市は理由まで書いていて、住民登録上の住所での判断となるため、住所が変わらないのであれば建て替えてもリセットにはならない、としています。
相模原市のQ&Aは、その次の問いで、同じマンションの中の引越しを扱っています。住民票の住所が部屋番号まで登録されていて、その部屋番号が変わる場合は、対象になります。
家をまるごと建て替えても枠は動かず、廊下の先の部屋へ移るだけで新しい20万円が立つ。工事の大きさや住まいの変わりようは、枠が立つかどうかと連動していません。

では、住所が変われば何度でも立つのか。
国の通知の本文に「回数」という語は一度も出てきません。「1回」が出てくるのは、要介護度が大きく上がったときの立て直し(この仕組みは前の記事で扱いました)の項の1か所だけです。通知に添えられた公式の図解も同じ書き分けで、転居の項には対応する文言がありません。厚生労働省のQ&A集の住宅改修の項目にも、この論点の設問はありません。
ただし、確かめられた範囲はこの3つの文書までで、書かれていないことは権利ではありません。決めるのは市町村です。八王子市では、同じ市の説明が割れています。2026年7月1日更新のウェブページは二つの例外をまとめて「それぞれ同一対象者・同一住宅について1回だけ適用されます」と要約し、令和6年11月改正版の手引きPDFは二つを別項に分けたうえで、その一文を要介護度の項にだけ置いています。国の資料の構造と一致しているのは後者ですが、窓口がどちらで動いているかは、読んでも分かりません。
条件は、回数だけではありません。熊本市は時期を見ています。転居や新築の直後に改めて20万円の枠を使えるわけではなく、転居や建築の際に必要な環境を十分に検討したにもかかわらず、生活していく中で改修の必要が生じた場合などに改めて支給が受けられる、という読み方を市のQ&Aに書いています。同じ記載は、今回見た範囲では他の市に見つかりませんでした。
親を子の家へ迎えるなら、新しい枠が立つかどうかは住民票をどうするかで変わります
自分の意思で動かせる手は、ここひとつです。
住民票を子の家へ移して入れば、その住所に新しい20万円が立ちます。移さずに身を寄せているだけなら、話はもっと手前で止まります。子の家は住所地ではないので、そこでの工事が、そもそも給付の対象になりません。熊本市はこれを裏側から書いていて、子の住宅に住所地が移されていれば支給の対象になります、としています。
単位が住所だと分かったあとでは、この一行がもう一つ効きます。移した先の住所には、まだ何も使われていない枠が付いています。
紙一枚で、同じ「親を呼ぶ」の結論が入れ替わります。ただし、枠のために住まいを動かす話ではありません。住まいをどう動かすかは介護と暮らしで決まることで、ここが効くのは、すでに動かす予定がある人です。
子の家に移った親が、しばらくして実家へ戻ることも珍しくありません。
そのとき戻ってくるのは新しい20万円ではなく、実家の住所に残っていた分です。国の図解は、前の住宅に再び転居した場合は前の住宅に係る支給状況が復活する、と書いています。

ただし越谷市は、同じ場面を「支給対象とはなりません」と書いています。国の図解よりも強い否定です。どちらが自分の場合の扱いになるかは、住所地の市町村に確かめるところになります。
引っ越す前に手すりを付けておく、という段取り
住所が変わるのは荷物が着いた日ではなく、住民票を移した日です。そして枠は、工事を始めた日で読まれます。
だから、親を迎える準備として入居前に子の家へ手すりを付けておく、といういちばん自然な段取りは、そのままでは新しい枠に乗りません。住民票を移せば新しい枠は立ちます。乗らないのはこの工事です。着工の時点では、その家はまだ「いま住んでいる家」ではないからです。
禁止ではありません。大和市は、この場面のために住民票を移す前の申請の様式を用意しています。
つまりここは、着工の前に新しい住所地の窓口へ一度つないでおく場面です。聞く用件は一つではありません。着工を住民票の異動の後に回せばいいのか。そして、先に見たように時期を見る市なら、入居前から必要が分かっていた手すりは、順番を直しても枠に乗らないことがあります。
工事は、着工し直せません。
住民票は移せます。家はもう一度直せます。窓口には何度でも聞けます。あとから取り替えられないのは、工事を始めた日だけです。
だから、住まいの動かし方を決めるとき、自分の手で決められる範囲は狭いです。住民票上の住所が変わるのか、着工をその前にするか後にするか。残りは市の読み方しだいなので、窓口へ回す話になりますが、それは間取りや見積もりの話を始める前に聞けます。
2026年8月21日時点の法令・通知と、各自治体が同日に公開していた記載によります。20万円は保険の対象になる工事費の上限で、実際に保険から出る額は負担割合によって変わりますが、枠の20万円も本文の10万円も工事費の側の額なので、割合が変わっても同じです。給付が現に居住する住宅について行われるものに限られることは介護保険法施行規則第74条・第93条、支給限度額の管理を現住宅について行うことは同第76条第1項・第95条、転居した場合の取扱いは平成12年老企第42号およびその別紙1によります。施行規則は2026年8月1日に改正が施行されていますが、第76条は改正の前後で条文が一字一句同一であることをe-Gov法令検索のAPIで確認しています。回数の上限が書かれていないことを確認した範囲は、老企第42号の本文と別紙1、厚生労働省「介護サービス関係Q&A集」の項目27の3点に限られ、これ以外の通知や事務連絡までは当たっていません。自治体の記載は、八王子市のウェブページが2026年7月1日更新、同市の手引きPDFが令和6年11月改正版、相模原市のQ&Aが令和6年4月改定版、神戸市の詳細版PDFが2025年10月版、熊本市のQ&Aが令和7年12月版で、いずれも公開されているページとPDFを読んだ範囲の観察です。各市への問い合わせは行っていません。八王子市の二つの文書のどちらが窓口の運用かは確認できていません。越谷市の書き方と国の別紙1との食い違いも、どちらが実際の取扱いかまでは確定していません。転居前の着工について、大和市の様式は1自治体の運用で、どの自治体にも同じ道があるという意味ではありません。熊本市の時期の扱いも1自治体の運用解釈で、今回見た自治体の資料に同じ記載はありませんでしたが、全国を当たったわけではありません。同一の市町村の中での転居と、市町村をまたぐ転居とで仕組みが違う可能性については、条文構造からの推論にとどまるため本記事では扱っていません。工事の内容の要件、申請の様式と期限、受領委任払い、入院・入所中の改修の扱いにも触れていません。

コメント