相続人申告登記は、亡くなった人の不動産について、自分が相続人だと法務局に申し出る手続きで、相続登記の義務を果たす手段の一つとして案内されています。申し出ると、登記官が申し出た人の名前と住所を、その不動産の登記記録に書き加えます。これを付記といいます。
DVを受けて家を離れ、いまは別の市に住民票を置いている人に、兄弟が、父の家の相続人申告を全員の分まとめて出すと言い、委任状を頼んできたとします。委任状に署名し、兄弟がそれを使って申し出れば、自分も申出人の一人になります。申出人の住所は住民票のとおりに申出書に書かれ、父の家の登記記録に番地まで付記されます。その登記記録の証明書(登記事項証明書)は、手数料を払えば誰でも取れます。住所を証明書に出さない仕組みは別にありますが、それがこの付記に使えるかは、法務省の公開資料には、使えるとも使えないとも書かれていません。
申し出た人の住所は、登記記録のどこに、どう残るか
付記されるのは、父が所有者として記録されている欄の下です。法務省の通達にある記録例では、父の住所と同じ書き方で、申し出た相続人の住所と名前が番地まで並びます。証明書には、この欄が「申出があった相続人の住所・氏名等を付記したもの」だという注記を付けることになっています。受け取った人には、それが相続人の住所だと分かる形です。生年月日や電話番号は付記されません。

付記に載るのは、申し出た人の住所です。兄弟が自分の分だけを出せば、この人の住所は載りません。兄弟がこの人の分まで出すには、この人の委任状が要り、委任すれば記録例のとおり兄弟と並んで載ります。
住所が残るのは登記記録だけではありません。相続人申告の申出書と、添付した住民票の写しも、登記記録とは別に「登記簿の附属書類」として法務局に綴じて保存されます。
DVなどを理由に付記を消す手続きはなく、消すよう申し出られるのは、申出がもともと受け付けられないものだった場合や、相続放棄などで相続人でなくなった場合だけです。引っ越して住所の変更を申し出ても、記録例では、前の住所は消えずに、抹消の下線を付けて登記記録に残ります。
住所を伏せる仕組みの案内と、相続人申告の案内は、互いの名前を出さない
記録から消す手続きとは別に、登記事項証明書を作るときに、住所の代わりに別の連絡先を載せる仕組みがあります。DVなどの被害を受けている人が申し出て、要件に当たると認められると講じられます。法務省の呼び名は「代替措置」です。
相続人申告登記の側の資料、つまり法務省の案内ページ(2026年3月更新)、手続きの手引き、法務局向けの通達、相続登記の義務化のQ&Aには、この仕組みが一度も出てきません。代替措置の側の案内ページ(2024年7月を最後に更新なし)、通達、様式と記載例にも、相続人申告の語は出てきません。調べたのは法務省の公開資料で、登記の専門誌や法務局内部の質疑応答までは見ていません。

綴じられた書類のほうでは、代替措置が講じられたときに閲覧を制限する対象として、通達が書いているのは登記の「申請書類」です。相続人申告の申出書に及ぶかは、相続人申告の通達にも、代替措置の通達にも書かれていません。
証明書のほうは、条文の言葉だけを読めば、付記された住所も「登記記録に記録されている者」の住所なので、代替措置の対象に入るとも読めます。ただ、それは条文からの読みで、法務省が書面で示したものではありません。
入るとしても、代替措置は、伏せたい住所が登記記録のどの欄にあるかを代替措置の申出書で名指して、初めて講じられます。その名指し方の例に、相続人申告の付記は載っていません。

家を相続や売買で取得して所有者になる登記には、代替措置より先に登記が済んでしまわないよう、登記の申請書と代替措置の申出書に書き添える手順が示されています。相続人申告の申出には、その手順がありません。
二つの申出は重さも違います。相続人申告は押印がいらず、オンラインで、相続人の1人が出せます。代替措置は紙でしか出せず、被害の陳述書や、それを裏づける書面などが要ります。手軽なほうを先に出せば付記が先に入り、伏せられるかが決まる前から、住所は誰でも取れる証明書に載る状態になります。
すでに記録されている住所をあとから伏せる申出も、代替措置の側は受け付けています。ただ、付記の住所をそうやって名指せるかは、上の例からは分からないままです。
申し出る前に、法務局で名指しで聞く3点
聞く先は、父の家を管轄する法務局の登記手続案内です。「相続人申告登記」と「代替措置」の両方の名前を出して、次の3点を聞きます。
1点目は、付記される自分の住所を、代替措置の申出書で伏せる住所として名指せるか。名指せるなら、申出書にどう書くか。
2点目は、付記が代替措置より先に入らないよう、相続人申告の申出と代替措置の申出を同時に出す手順があるか。
3点目は、相続人申告の申出書と、添付した住民票の写しに、閲覧の制限は及ぶか。
1点目の答えがどちらでも、先に聞いておく意味は同じです。名指せるなら、出す順番と書き方がそこで分かります。名指せないなら、付記される前にそれが分かり、委任状を出すかどうかをその答えを持って決められます。
待つ間の期限が気になるかもしれません。相続人申告の申出そのものは任意で、出さないことに過料の定めはありません。過料の定めがあるのは、相続登記を申請する義務のほうで、期限は、相続があったことと自分が取得したことを知った日から3年です。相続人申告でこの義務を果たしたことになるのは、期限内に申し出た人だけです(申し出る前の遺産分割で取得した分は除きます)。兄弟が自分の分だけを出しても、自分の義務は残ります。法務省の通達は、この義務を怠っても過料にならない「正当な理由」の例に、DV防止法の被害者などで「その生命・心身に危害が及ぶおそれがある状態にあって避難を余儀なくされている場合」を挙げています。
答えを聞くまでは、自分の申出も、兄弟への委任状も出さずにおきます。兄弟はそのあいだも、自分の分だけで申し出られます。
2026年10月19日時点。法務省の相続人申告登記の案内(2026年3月24日更新)、登記手続ハンドブック(令和8年3月版)、相続人申告登記に関する通達(令和8年2月2日一部改正)、相続登記の申請義務化の案内と「正当な理由」に関する通達、相続登記の申請義務化に関するQ&A(令和7年3月27日現在)、代替措置の案内(2024年7月2日更新)と代替措置に関する通達・様式と記載例、e-Gov法令検索の不動産登記法・不動産登記規則(以上、2026年10月19日確認)によります。調べた範囲は法務省の公開資料で、登記の専門誌や法務局内部の質疑応答は含みません。


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